以前、シーゲル博士の研究成果に基づく投資法、いわゆる「シーゲル投資」の問題点をお伝えしました。
シーゲル投資とは、博士の論文に基づき、財政基盤に優れ配当の上昇率に優れた生活消費財やヘルスケアなどのディフェンシブなセクターを、配当を再投資しつつ長期間保有することで高リターンを目指す投資法です。
そしてその問題として、(1)彼の研究は過去のデータによる後ろ向き研究からのみ得られた結果であり、それ故、その結果に偏りが生じている可能性があること、また(2)論文発表から長い時が経た現在でも実際にシーゲル長者とでもいうべき高リターンの恩恵に与った投資家が出現してこないことを挙げました。
本邦では、この投資法を参考に米国株ポートフォリオを構成されている方も多いと思います。
何故、シーゲル投資で成功した投資家が出てこないのか、シーゲル銘柄の問題に関し質問をいただきました。今回はここに関し、彼の研究のデータ解釈の過ちと思われる部分に対しての私の考えをお伝えします。
単純に後ろ向き研究を用いてはならない理由
前回お伝えしましたように、統計学では過去のデータから算出される後ろ向き研究だけで結論を出すのではなく、必ず前向き研究によって結論の確からしさを再確認する必要があります。
例えばシーゲル投資を行う群100人と、行わない群100人で、10年間の投資リターンを比較するというような、いわば実証実験が必須です。
これは以下の理由によります。
例えば、ある研究者があらゆる株式のパターンを調べ尽くしたのちに、雨の日に株式を購入して雪の日に売却すると、90%以上の確率で株価が上昇するという「法則」を発見したとします。
彼が発見したこの法則は今後も通用する必勝法なのでしょうか? 幾百、幾千の法則を過去にさかのぼり確認していけば、いずれはまぐれ当たりとでもいうべき、こういった法則にぶつかることとなりますし、もちろん、こんなバカげたものは偶然の産物と片付けることが出来ますね。
しかしながら、これがPER, PBR, ROE ,配当率などといった数字と結びつけられるとどうでしょうか? あるいはある特定のセクターと結びつけられるとどうでしょうか? 例え間違った法則であっても、一見尤もらしい数字と、修飾語に彩られていれば、それは場合によって実に素晴らしい法則に見えてくることもあるでしょう。
思い込みや感情が作り出す研究の歪み(バイアス)
シーゲル博士の研究は、長期間の過去のデータに基づいていますが、やはり後ろ向き研究のみで、未来を推論しようとしているのが問題です。
後ろ向き研究が、実際の現実とかけ離れた結論を生む原因は、データをとる際と解釈する際に生じる偏り(バイアス)によるものです。
バイアスにはいくつか種類がありますが、代表的なものを順にお伝えします。
まず、過去の情報収集において正しいデータが必ずしも得られない偏りです。数十年前、しかも電子媒体が存在しなかったデータの収集というのは大変難しく、彼が調査した複数の銘柄でデータの欠落があったとすれば、その分不正確さが生まれることとなります。
次に、株式の選択や結果の解釈に際して恣意的な選択が混入しうる偏り(認知バイアス)です。一般的に研究者は自分の研究が無駄になるのを避け、有効な結果が出るのを望むものです。そのため、様々な大病院でも医学研究の不正が行われたのは記憶に新しいところです。これを避けるために、必ず第三者による再度の検証と、前向き研究が必要となります。
研究に用いられたデータが「整理」されており、後に倒産する企業の一部ないし全部が除外されているため、実際よりも良い結果を生じる偏り(生存権バイアス)も問題です。
更に、取引費用を差し引いた後では異なる結果を生じる偏りもあります。
そして先述した天気の例のように、その銘柄選択の戦略は有効に機能しそうな戦略が見つかるまで、様々な選別法を多数除外しバックテストしたからに過ぎないという偏りも問題です。
これはデータマイニングとも呼ばれます。有効そうな選別法が見つかるまで、例えば10個、50個、100個 … etc. と選別法を無数に試していけば、いずれは必ず過去の時点では有効だった法則が見つかることとなります。
米国株投資におけるシーゲル博士の過ち
前回お伝えしましたように、博士の論文の成果は、かつて悪材料や様々な理由により好業績ながら安値で放置されていた、タバコ銘柄を始めとした優良生活消費財・ヘルスケア・エネルギーセクターに長期投資を行った結果でした。
彼の理論の過ちは、過去にその時点の悪材料で売られているに過ぎなかったことによる上記セクターの高リターンが、普遍的なものであると思い込んでデータを解析してしまった、データの読み違い(認知バイアス)が原因と考えます。そして、第三者による前向き研究での検証を経ていないため、上述の他のバイアスも隠れて影響しているかも知れません。
そして実際に市場平均をアウトパフォームする著明投資家の中に、シーゲル銘柄を用いた高配当再投資戦略を実施している投資家が殆どいない事実がそれを証明していると思います。
高配当戦略と、私が考える米国株投資
私は、以前からよく知られ、実際に長期的に多数の成功例が報告されているバリュー投資が結局は、投資方法としては最も安定した成績を残せるのだろうと思います。
株式市場で、先にお伝えしたような前向き研究を行うのは実際には困難ですから(途中でどうしても思うように売り買いをしたくなってしまいますよね)、バリュー投資も前向き研究で有効性が証明されたわけではありません。
しかし、成功ないし失敗した多数の投資家を見ていますと、低PBR、低PERの株式の購入と長期保有、ないしは市場平均に連動したETF購入のいずれかが、投資家に確実なリターンをもたらす可能性が高いのでしょうね。
タバコ銘柄などのシーゲル銘柄では、過去に価格と価値が釣り合っていない時期が長く、それにより長期間配当が高く維持されていたことも併さった結果、高リターンを生んだのだろうと思います。
そしてこれはバリュー投資の一種だろうと考えますし、それ故、今後もただ盲目的にかつてのシーゲル銘柄(生活消費財やタバコ銘柄)に投資を続ければ、市場平均をアウトパフォームし続けることにはならないだろうと考えます。
というのも、価値に対して過分な高値を付けたタバコ銘柄や、同じく高値を付けつつも特許切れやジェネリック医薬品との強い競争で寡占力を減じつつある医薬品セクター、またシェールオイルにより今後の競争力減が長期的に懸念されるエネルギーセクターなど、かつてのシーゲル銘柄すべてが、競争優位性をかつてと同様に保てると私はあまり思えないためです。
シーゲル投資を用いる際に投資家が行うべきは、かつての知られざる優良株であったシーゲル銘柄を、今後は自身で見つけ出すことだと思います。私はこれはディフェンシブなセクターのみならず、IT、金融、また昔とは業界ルールががらりと変わった鉄道など、さまざまな業界に存在しうると思います。
そして、シーゲルの配当の再投資を行いつつ長期的に待つという考えの素晴らしさは、銘柄を選べば時を経た現在も、そして未来も色褪せないだろうと、私は思うのです。
次回はシーゲル博士の高配当銘柄への投資を推奨する、「コア10種」投資の問題点を考察していきます。
また今回、もし居られましたら統計学の専門家の方のコメントもいただければ大変ありがたく思います。
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